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日芸ブログ。すでに卒業したので、終わり。誤字脱字ばかりのブログだしね。
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きっかけは、ウォシュレット
長い間、自分のブログとmixi日記を分けて書いていたんだけど、どうもmixi日記は肌に合わず、結局、慣れ親しんだ、テキトーな事がかけるマイブログに戻ってきました。
そう、きっかけは『ウォシュレット』。

約一年前。このブログ内で「彼女ができないと悩むハンサム×クラバー×慶応出身のK君」の話をしたことがある。彼いわく、『ウォシュレットにさえ、自分の肛門を洗わせることができないような小さい男だぜ? そんな僕が他人にありのままの心を開くなんて…、彼女作るには、それこそウォシュレットを使うことからはじめないと』、てな冒頭からはじめる具合の日記でした。それで、今回の内容はたまたまその続きのようなもの。

そもそも、男たるもの自分のケツぐらい自分で拭け、という人はまだまだいそうなものですが、ウォシュレットが登場してから約26年。現在、ウォシュレットこと温水洗浄便座の普及率は60%程度、だとか。もはや、お尻を水で洗うのは”常”の”識”なわけだ。もちろん、僕も自宅にウォシュレットはないけど、あれば、普通に使うし、全然抵抗はないし。

昨日の深夜、自宅のそうめんパーティにきていた友人数名の会話から、ウォシュレットの話が浮上。

1Kのこじんまりした部屋にカップル。今週末のデートの予定をイチャイチャと話す中、彼女の方がおもむろに重い腰を上げ、『トイレ借りるね』と一言。ドアを開けると、いつも以上に鍵を力強く掛け、『ガチャ』と一音。その後、”ブ”と”リ”の倍音に重ね合わせるように、水面に飛び込むオリンピック選手のソレのごとく、チャポーンとトランシーな音。(「あ、う●こか」と彼)続いて、間髪入れずに、水面からクジラが潮を吹くかのごとく、激しい水しぶき。トドメに、一連の行動をなかったことにするかのごとく、力強い風。(その「乾燥」は、普通使わないだろ〜と嘆く彼)とまあその行為の、そうウォシュレット行為のすべてが、筒抜けのワンルームの悲劇。

『んなもん、できるかい! 絶対、彼の家にウォレットがあっても使えない』と女友達が話しているわけなんだけど、確かにそうだよね、音とリンクしてよりリアルな画が見えるもんね、とみな賛同したわけだ。思えば、小学校の放課後、バカ男子の罰ゲームの常連は、女子トイレに潜む【おとひめ】のスイッチを押すことだった。女の子にとっては、そういった行為から生じられるサウンドはすべて羞恥音なわけなんだろう、ね、きっと。

または、『せめてウォシュレットにも【おとみめ】なる音楽が、この際、着メロなるウォシュメロをTOTOさんにお願いして・・・そうすると、温水洗浄機から飛び出る噴水が、音楽で消え去るし、リラックスもできそう。ウォシュメロ・ランキングなんかもできるしね。

でもさ、便器の上までもメディア手動のウォシュメロ音楽に占領されたら、世も末、ですよね。

さて、ウォシュレットの使用/未使用で悩むカップルにオススメ、でもないけど、礼奈意において、お互いの殻を破って、自己の開放を試みる愛をお求めの方々は、騙されたと思って、思想家エーリッヒ・フロムによる『愛するということ』(『愛は技術である』、で有名なロングセラー)を読むべし。

ヨシ、相変わらずのオチなし! バッチリだ!

A(秋葉系)ボーイとタイマン
「電車男」、「つくばエクスプレス」、「新IT都市」に始まり、ある事件以降オタクへの執拗な職務質問の多発問題から、メイドカフェの進化系「メイドキャバクラ」や「メイドソープランド」なるものも続々登場し性の欲求も深化しつつあるようで、まあ何かと話題の秋葉原です。そんな新都市に到着したのは、三連休最終日のお昼過ぎ。遅刻してきた友人とまず最初に入ったのは電気街口前のアダルティービル。

昼間からエロいな〜とドキドキしながら門をくぐる。店内はAVが垂れ流し、天井からはダッチワイフが吊るされ、地下1Fも入れて7F建てほどのビル。膨大なエログッズ。でもこれが普通だよ、予想通りだろ?やっぱ楽しいね、テンション上がるね〜なんて事には一切ならないのが秋葉原マジック。僕らは甘かった。エログッズを冷やかしながら人間観察なんて思っていたが、半笑いの僕らを除いてほとんどの人間は商品と真剣に対峙している。ましてや、バイブでいたずらしてみたり(語弊が生まれるかな??)、「生尻」とかいって本物そっくりに作られた女性の下半身重要部分的おもちゃで吹き出したり、セクシー下着でキャッチボールしたり。まるで、斜に構えている僕らが最高級のど変態で、真面目に品定めしているハァハァ君が正常だ、みたいな空気に。窒息しそうになりながら店を出る。そして、気がついた。ここはアウェイだ。僕らを待っているのはドーハの悲劇か、または、ジョホールバルの歓喜か。日本代表は次回3月25日アウェイでイラン戦だ。

「決して負けられない戦いがここにある」

初戦完敗の僕らは続いて「メイドカフェ」に向かう。ここは3分間500円でメイドさんとトランプやあっち向いてホイなどゲームができる店。3分ワンコインだと、なんたる価格破壊だ、と二人で顔を見合わせた瞬間、斜め後ろではさっそくメイドさんとトランプで「スピード」を始めるAボーイを発見。ソワソワしながらコーヒーを持つ。砂糖とミルク、どうしますか??突然、いやらしい目ん玉ビームとともに珈琲が到着。すげ〜俺目線のメイドさん。ブ、ブラックで。なんだ、なんでたじろいでいるんだ、俺は。そして、次の瞬間に僕らは二度目の敗北を味わう。今日も混んでるね。そうぉ〜なんですよぉ〜。あっ、砂糖は全部入れていいよ。え〜甘党なんですねぇ〜。まあね。しちゅれぇいしまぁ〜す(なぜか掻き混ぜ方にエロスを感じる)どうぞぉ〜。ありがと。僕らが隣をマジマジと見るとそこには紛れも無いAボーイの姿が。こいつカッコイイ。この状況を説明するならば、情婦を買うような店に突如入り込んでしまったうぶな青年が、女に迫られどぎまぎしている中、手慣れたブルジョワはスマートに女を口説き落とす。僕たちは敗戦の悔しさ、男としての屈辱を噛み締めながら、店においてあるお客とメイドの交換日記に涙を落とした。ムカつくぐらいに描かれたたくさんのアニメキャラクターは涙で滲んでいた。僕らを待っていたのは「ドーハの悲劇」なる「アキバの疲労」だった。もうクタクタだ。

「W杯の魔物」=「秋葉原の魔物」

ここには目に見えない力が働いている。

萌えるるぶ東京案内2月下旬発売予定。この攻略本で僕らは最終予選リベンジに挑む。
マンガで学んだ知識
つい最近、SPAで「マンガで学んだ知識」という特集が組まれていた。ドキドキしながら立ち読みしたところ、ほんの2〜3ページで終わってしまっていたのに意気消沈、というか残念。「キャプテン翼」で日向くんが大波に向かってボールを蹴り続けたためにタイガーショットを身に付けたのごとく、強くなりたきゃ海へ行け、そして波にボール蹴れ!ってことで僕も砂浜へ!修行が終わると、自動販売機へGO。炭酸の抜けたコーラは疲労回復にもってこいって「グラップラー刃牙」で学んだのさ。(実は「シュート」で久保さんもやってた)んで、今夜はデートだから帰りの電車内で「ふたりエッチ」を熟読。夜のテクニックをぶち込む、ってな感じで35作品が取り上げられてた。毎回SPAのカルチャーページの取り上げ方には目を見張る。

たしかに幼い頃からマンガから学んだことは多く、伝記や歴史を小学校の図書館で読み尽くした人は少ないだろう。活字で学ぶより漫画で学ぶ方が・・・という少なからずの弱みを持った10代の現状とマンガを下層文化と非難する親世代の摩擦は、子供の頃にマンガを読むと頭が悪くなるわよと「ジャンプ」が買えなかった友人もいるくらいだから確実に存在していたのだろう。そもそも、「マンガで学んだ知識」って特集自体がどこかで、マンガで学ぶことなんてないという世相の裏返しではないか。。。

表現に多少の語弊があるけど、分かる人にしか分からないというような文学と比べれば、漫画はたしかに下層カルチャーとも呼べ、マンガで学ばせるってことは、知識という名のナイフで下から上に突き上げるかのように、刷り込みを入れていく感じではある。誰もが読めるファンタジーの世界に上手に哲学、思想、光と闇を導入し、気が付くかぬ内に僕らは学んでいる。宮崎駿も手塚治もそういうフィールドを選んだのだろう。もちろん、そういう文学作品もたくさんあるけど。

さて、話は反れて、まとめてもないけど「マンガで学んだ知識」ってけっこう生き方に影響してますよね。何を漫画で学んだかどんどん書き込んでください。
記憶の中の絵本達
今売りのPen「美しいブックデザイン」特集でブルーノ・ムナーリが紹介されている。物語の主人公はあくまで読者であり、子供でなければならない、というスタンスから読み手の目線でストーリーは展開されていく。その際に目を見張る独創的かつ柔らかいデザインがさらに子供心をくすぐっていく。読者が大人であったとしても、かならず読み手は「子供」であってしまう魔法の絵本の作者。従来の本の概念を大きく超えて、読み手とのコミニュケーションすることではじめて完成する絵本。50年以上経つ今でも世界中にたくさんのファンを持つアーティスト。

さてさて、幼い頃に母親に読んでもらっていた絵本達を思い出してみて下さい。ノンタンからミフィーちゃん、バーバパパ、ぐりとぐら、グリム童話に日本昔話。多少のジェネレーションギャップはありそうですけど、絵本ほど世代、性別、土地柄など関係なく影響を受けたモノが同様のカルチャーはないんでしょうかね。

僕が一番印象的なのは「11匹のネコシリーズ」ですね。今すぐにでも読みたいですね。もう実家にないんだろうな。あとは母狐のために子狐が人間に化けて街に手袋を買いにいく話「手ぶくろを買いに」とか「三びきのやぎのがらがらどん」やトルストイが描いた「うんとこしょ、どっこいしょ」ってかけ声で有名な「大きなかぶ」ですかね。

こぐまちゃんちいさいモモちゃんなんかは男兄弟が多かったから家になかったけど、思い出深い人は少なくはないんだろうと思います。

どんなに年をとっても夜な夜な枕元で絵本を読んでもらえば、いい夢見れること間違いないでしょうね。「エロの真髄は枕元にある」ってことで、一番エロいのは女の子に膝枕でハミガキしてもらうこと。枕の下にコンドームを忍ばせながらSEXしないで寝ること。だと信じてましたが、30歳超えても40歳超えても膝枕で絵本読んで貰わないと寝れないっていうのもエロいなぁ〜とふと思うこの頃。
地下鉄でしか読まない雑誌
どうも近頃下ネタblogとして認識されつつあるこのブログも、さすがにひと休み。かと言ってやはり書きたい事はエロネタしかないんだけど。。。

先週の金曜日、バイトを終え、銀座駅から銀座線で渋谷に向かう。改札前で「metro min」を手に取る。思えば毎月定期購読してるな、この雑誌、と思いつつ、表紙に目を通す。いつも好感のもてるピンホール写真。めくっていくとどうもこの号で二周年らしい。バックナンバーがずらり。初めて気が付いたけど、表紙に毎回一言、例えば「デュエットしよ、はなうたで」みたいなモノが書かれているようだ。一年以上購読してるのにな。パラパラとめくっていく。おお、構図かずおだ。あっ、ハルカリだ。細かい情報ページを飛ばし、くだらないクリスマス関係のテキストに目を通し終え、藤原新也さんの連載ページへ。これしか読まないと言っても過言ではないな。

「metro min」は地下鉄でしか読まないし、しっかり読むのはこの連載のみ。今回は「ケミストリーとの出会いについて」眩しすぎる金曜の渋谷駅到着と同時に、このページも読み終え、なんとなく最後にめくったページにトム・ハンクスの泣き顔写真があった。スピルバーグとの共作「ターミナル」の紹介だった。電車の扉が開き、疲れきった人々がパチンコ玉のように電車から流れ出る。用済の雑誌を網棚へ置き下車した。

ほんの二十分の乗車で感情は理由のない切なさに苛まれる。いったいどこで。藤原さんの文章か。トム・ハンクスの泣き顔か。あまりに簡単に消費された「metro min」にか。それとも終止ウォークマンから流れているCD「King of NewYork」にだろうか。そして、答えを見つける前に、「おいおい、今日は花金だろうが、元気だせ若者!!!」なんて変なテンションの上げ方をしている自分にさらに切なくなった。
「可愛い女」とは?
「最近どうも世の中には可愛い子が多すぎる」と嘆く友人がいる。そういう本人にはだいたい彼女なるのモノがいるが、言わんとしてる事は十分に理解できる。

「女は顔じゃない!でも結局は顔かな〜」っていうのは、街を三歩でも歩けばぶち当たる問題ではあるが、「顔」がカワイイ子が多過ぎて、逆に顔では選べない。選んでたら切りがないっていうこともあるわけだ。そもそも「可愛い」「かわいい」「カワイイ」ってなんでしょうか??とまあ急にananみたいな質問ですけど、これは男女ともに気になるはずだ。

十九世紀ロシアの文豪、チェーホフの描く「可愛い女」の主人公オーレニカ。誰からも「まあ、可愛い女!」と言われる女性。ただ、愛する人なしには生きることができない女性。それは恋人に限った事ではなく、ある時は父親であったり、祖母であったり、先生であったり。物語の中で彼女は愛する人なしでは、思想も意見もなく、相手の考えが同時に彼女自身の考えであった。彼女の話は相手の話を繰り返すだけだった。そんな相手なしには一年も生きれない故に、夫が死ねば、次の男性へと愛も移り変わる。コロコロと。単なる尻軽女のように見えるが、チェーホフは彼女に対して皮肉めいたことを一切書いていない。表面的には、「愛する人さえいれば、彼女はどんな時も輝きに満ちた可愛い女」としか。ただ、どうもこの「可愛い女」の影には「可哀い女」がストーカーのようについて回っているように思う。

オーレニカの魅力、可愛さとは「空虚」に他ならない。それは可能性とも呼べるが、「俺の色に染めれる女」とも言え、付け入る隙がある、要は隙があると言える。どうも可愛い女の底には空虚な穴が存在するようだ。これが、「かわいい」のヒントになる。

一流企業の秘書であり、容姿端麗、秀才。ただ、おっちょこちょいな所があり、無邪気な一面がある。容姿端麗とは言うも、笑顔の奥には「すきっ歯」を覗かせる。だからこそ、「可愛い」と言えるのかもしれない。ひとつでも欠点なるものがないといけない。これはバランスが重要であり、その欠点にひがむことなく、受け入れていることも必要だろう。これも「カワイイ」のひとつと言えるだろう。少なくとも、どこか抜けてる感ある子を僕は「可愛い女」だと思ってしまう。

最後に、みなさん悪いオンナにはお気をつけ。
先生
随分と複雑な感情です。私に多大なる影響(文学に問わず)を与えてくれた中島らも氏が他界されました。もう亡くなった理由なんてなんでもいいのですが、とにかく複雑です。

思えば、彼と出会ったのは高校生の頃でした。はじめて読んだ作品はエッセイの「恋は底ぢから」でした。世の中で一番つまらないのは全裸の女子高生だ!なんて言ってました。女子高生はセックスするのにホテル使うな!土手で十分だ!ともおっしゃっておりました。こんなのどうだ?と老夫婦版官能小説なんかも勝手に挿入してました。

二度目に彼とお会いしたのは打って変わって小説「水に似た感情」でした。これで彼の印象が大きく変わりました。高校生の僕には、とても素敵な作品に感じました。かなり幻想的な作品で、まるで「決まってるか」のような錯覚に落ちいるぐらいでした、までとはいいませんが。

それから彼の小説はほとんど読みました。「ガダラの豚」はとても好きです。「今夜、すべてのバーで」「永遠も半ばを過ぎて」も。彼が大人しくなって(みなさん、ご存じの通りです)からあまり彼には触れてませんが、この辺りの彼は最高です。

僕は好きな作家がほとんどこの世にはいないので、今回はじめて好きな作家なる、先生の死に直面です。三時のおやつを食べるかのように彼の作品は読むことができる、なんてよく言われます。おかしはほとんど食べませんが、「コアラのマーチ」がこの世から無くなったような感じでしょうか。

とにかく、中島らも氏のご冥福をお祈りします。

って、悲しげになりましたが、らも氏は自分の死をギャグにしてもらうぐらいがいいのかもしれません。みんな引かずコメントしてくださいね。
PCで読む
なんども芥川賞候補になりながらも、作家で食べていくために純文学から、ジュニア小説へ移行し、とうとう官能小説で花開いた川上宗薫をこの夏PCで読もう

なんだかこの人が、いつの時代でも若き男性諸君の注目の的である「潮吹き」「失神」などの言葉をつくった張本人みたいです。偉いお方です。しかし、彼の作品はそこいらの官能小説とはひと味違うようです。

聞くところによると、彼のポルノは男が読んで元気になるようなものとは次元が異なるみたいで。なんだか一種の清潔さを帯びた、一見純文学の作品のようでもあるみたいです。文章が肉体的ではなく、金属的で、臭気が漂ってないとのこと。良いか悪いかは別として、興味は惹かれました。ですが、そんな作品たちがPCで簡単に読めるんですから、やはりエロサイトでエロい物を読んでる感覚に落ち入りそうですね。。。

ところで、いまやPCでここまで本が読めるんですね。恐ろしいというか便利というか。なにもかも便利にするならば、誰か俺に瞬間移動できる機械をください!または一瞬でお風呂に入れるのでも我慢します。ほんと、人の家とかでまったり飲むと「瞬間移動したくなる症候群」によくかかります。

ん〜病です。
OHー夏だ!
良くも悪くも「キンカン」をポケットに忍ばせないといけない季節の訪れです。
なんたって歩くだけで汗が出ますから困ったものです。これで、「ミーン、ミン、ミン、ミーン」なんて聞こえてきたら僕らは振り返ることなく、強い日差しの中を駆け抜けるしかないですね。あっでも、僕は夏が好きですよ。

個人的に今夏のイベントで一番楽しみなのは、ジャパニーズサンバこと、「高円寺阿波踊り」です。あれは日本一の野外フェス、ってかお祭りですよ。とまあこの話は次回ってことでさらっと終わります。

夏と言えば、いろいろありますが今日は気まぐれにも「昆虫」に注目しようかと。幼き頃、毎晩のようにカブト、クワガタを捕まえに森に踏み入ったものですが、これはいつくになってもやりたいものの一つです。ほんと昆虫って見れば見るほど不思議ですし、見れば見るほど神秘の香りです。そんな摩訶不思議なものに刺激されたのか、虫を材料にした名作がたくさんです。みなさん、この夏どこか旅行に行く際はどうぞ。と、まあ随分強引な紹介です。

江戸川乱歩「芋虫」
横光利一「蠅」
芥川龍之介「蜘蛛の糸」
谷埼潤一郎「蓼喰う虫」
織田作之助「夜光虫」

と、まあ自分が読んだことあっておもしろいと思った本の中で「虫」が入っている題名の集めただけなんですけど。どれもみんな知ってるとは思いますが、最後の「可能性の文学」で有名な織田作之助の作品はぜひ読んでみて下さい。
すっごく池袋ウエストゲートパークそっくりの話の展開なんですよ、これが!!!これはおもしろい作品に出会ったな〜って思いました。文庫ではないいんで、図書館か、古本屋で探してください。

この夏も新しい作品、作家に触れてみようと思います。
予定
長い休みに入ったり、不意に休みが入ったりすると、やろうと思ってはいたけどなかなか出来なかったことに手をつけてみる。これは忙しさによって少なからず違いはあるけどみんなが抱えていること。

あの本買ったのに読んでなかった(トルストイ「アンナ・カレニーナ」ドフトエフスキー「カラマーゾフの兄妹」などの大作モノ)、あのビデオ見てみるかな(ロードオブ・ザ・リング全作を一気に)とかいろいろありますね。
行ってみたかった場所にいったり、何か習い事始めたり。細かくすると、トイレ掃除や、足りなかった家庭用品買いにいったり、調味料補充したり、なんとなく見過ごしてきた隅に落ちているゴミを拾ったり。

そういうのをいざ実行する時って時間に余裕が有る無しに関わらず、気分がいいもんですよね。こころには余裕があるんですよ。自分の中で予定には入ってるんだけど、先延ばしにしていたことを片付ける。または、予定には入れてたんだけど、結局実行できないでどこかに消えてしまうこと。やりたかったけど、できなかった。こうは言いたくないと思います。でも、そう簡単なことでもないですよね。

生まれた瞬間から「やりたいと思ったことノート」なんかつけたら時間がいくらあってもしかたないでしょうし。まあ読み返したらおもしろそうだけど。

んん、どれどれ・・・

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くだものやさんになる。ケーキ屋さんになる。ウルトラマン太郎になる。名前を悟空に変える、でも翼になる、でもかめはめ波と元気玉は打ちたい、それにスーパーサイヤ人にもなりたい。

って初めからほとんど、願望ですが。。。もちろん、やりたい!なりたい!ってそのときは本気で思ってる。それに今でも初めは願望から入るわけで、それから現実との兼ね合いがあるけど、きっとルーツは同じはず。だから??ってわけでもないですが、やりたいことはとことん恐れずにやっていきたいですね。

ってつまらないこと言って終わります。

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